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Your Song 全曲詩集 序

僕にとって「歌詞」とは?
(とってもとっても有難いことに)この全曲詩集が出版されるにあたり、歌詞へのこだわりや情熱を、言葉で皆さんに伝えられないものかと考えてはみたけれど、僕にとって「歌詞」とは、その範疇があまりに広すぎて、どんな風に考えをまとめたら良いのかさっぱり分からなくなってしまった。

「生きることとは?」
といった問いのように、辛いこともあれば、楽しいこともあるし。そもそも望んで生まれた訳ではない、けれど、自ら捨てる気にもなれないし。などなど。
ああでもない、こうでもない。
やはり問いかけの範疇が広すぎる。

寝酒にとワインをグラス一杯。
その瞬間に何かが閃いて、一時間ほどで完成するものもあれば、はたまた、どんなものを見ても聞いても触っても嗅いでも、すべて歌詞に結び付くようにと神経を張り巡らせて生活し、それでも一、二か月間、メロディにフィットする言葉が見付からずにいることもある。
夢の中で一曲完成させた時もあるし(ちなみにその夢を見るまでに一か月くらい歌詞が書けない悪夢にうなされている)、そもそも完成させることなど求めずに、ただ言葉を投げ散らかして遊んで、それで良しとする時もある。

だから、 歌詞に対してこだわりや情熱があるとも言えるし、実はとてもいい加減で何のメッセージもなく行き当たりばったりな側面もある。

「歌詞」とは? だから、分からなくなる。
だって同じ歌詞でも、歌い手次第で伝わり方が違ってくるしね。
そう、
「歌」とは?ならわかる!!!
だって歌は大好きだ。いつも歌っている。
歌のほうが、言葉よりも早く的確に自分の気持ちを表現できることもある。
音楽に魅了されたばかりの中学、高校生の頃なんて、歌があればそれで良かった。
雨が降れば傘の代りに歌を雨雲に向けて広げ、暑い夏の日は太陽光発電機のように歌と一緒にその熱を自分の中に取り込んだ。

ちなみにこの場合の「歌」は、僕が歌い手の「歌」だ。
わかりづらいよね。。。。説明します。

どこかのアーチストが歌う、僕の心に響く曲があるとする。

ヘッドフォンで何度も、メロディも歌詞も完璧に覚えるほど何度も聞いているうち、いつの間にかその歌は「僕の歌」になっていく。僕の生活の中で、僕の気持ちに寄り添ったり、感情を盛り上げたりするBGMになる。
僕の生活の中の主役は僕だから、この場合の「歌」も、歌い手はもちろん僕だ。

説明やめます。大事なことが今わかったから。

僕が歌詞を書くのは、誰かにとっての「歌」になりたいから。
カラオケでもいい。鼻歌でもいい。声に出さずに心の中で囁くだけの歌でもいい。
誰かにとっての傘であり、太陽光発電機であり、荒波を漕いでいくオールであり、共に旅するスニーカーであり、オアシスであり、砂漠であり、マシンガンであり、防弾チョッキであり、、、、、まぁなんであってもいい、あなたが主役の、あなたの「歌」になりたい。
どんな人生も、どんな命も、どんな出来事も素晴らしいのだと、その「歌」を歌っている間は思えるような、そんな歌になりたい。

この本を手にした人の部屋から、車の中から、生活の様々な場所から、あなたの歌が聞こえてくることを願って「Your Song」を届けます。

Mr.Children 桜井和寿


對我來說「歌詞」是什麼?

(真的非常非常感謝)趁著這本全曲詩集出版的機會,我試著思考能否將我對歌詞的講究與熱情,透過言語傳達給大家。然而,對我來說,「歌詞」的範疇實在是太廣泛了,我完全不知道該如何整理自己的想法。

這就像「活著是什麼?」這樣的提問一樣,既有痛苦的時候,也有快樂的時候。本來就不是自己渴望而來到這個世界,但卻也無法輕易捨棄。諸如此類。
這樣也不對,那樣也不妥。
果然,這個提問的範疇還是太廣了。

有時,睡前小酌一杯葡萄酒的瞬間,突然靈光一閃,大約一個小時就能完成一首歌詞;但有時,我過著讓自己看、聽、觸、聞到的所有事物都盡可能與歌詞連結的生活,繃緊神經,即便如此,還是有長達一、兩個月都找不到符合旋律的詞語的時候。
也有過在夢中完成一首歌的經驗(順帶一提,作那個夢之前,我大約有一個月都深陷在寫不出歌詞的惡夢裡);有時候,我甚至從一開始就不追求完成,只是隨意地拋撒詞語、享受其中,這樣就滿足了。

所以,可以說我對歌詞既有講究也有熱情,但另一方面,其實也有非常隨性、不帶任何訊息、走一步看一步的一面。

「歌詞」是什麼?所以,我自己也搞不清楚了。
因為,即使是同樣的歌詞,根據演唱者的不同,傳達出來的方式也會不一樣啊。
沒錯,
如果是問「歌」是什麼?那我可就懂了!!!
因為我超愛歌曲。我隨時都在唱歌。
有時候,歌曲甚至比言語更能快速且準確地表達自己的心情。
在我剛被音樂吸引的中學、高中時期,只要有歌就足夠了。
下雨時,我像撐開傘一樣對著烏雲展開歌聲;炎熱的夏日,我像太陽能發電機一樣,連同歌曲一起將那股熱量吸收進體內。

順帶一提,這裡所說的「歌」,是指「我」作為演唱者的「歌」。
很難理解吧。。。。我說明一下。

假設某處有位藝術家唱了一首打動我內心的歌曲。

當我用耳機反覆聆聽,聽到連旋律和歌詞都能完美記住的程度時,不知不覺間,那首歌就變成了「我的歌」。它在我生活中,成了貼近我心情、或為我情感增溫的背景音樂。
因為我生活裡的主角是我,所以,在這種情況下的「歌」,演唱者當然也是我。

我停止說明了。因為我剛剛意識到一件重要的事。

我之所以寫歌詞,是因為我想成為對某個人而言的「歌」。
唱卡拉OK也行。哼著口哨也行。不發出聲音,只在心中低語的歌也可以。
我想成為對某人而言的傘、是太陽能發電機、是划過驚濤駭浪的船槳、是一同旅行的運動鞋、是綠洲、是沙漠、是機關槍、是防彈背心……唉,無論成為什麼都好,我想成為以你為主角、屬於你的「歌」。
我想成為這樣的歌:讓人在唱著那首歌的時候,能夠覺得無論是何種人生、何種生命、何種際遇,都是美好的。

衷心期盼能從拿起這本書的人的房間裡、從他們的車子裡、從他們生活各個角落,都能聽到屬於你的歌聲,並懷抱著這份心願,獻上《Your Song》。

Mr.Children 櫻井和壽